その記録を雑誌で紹介し、その中で「Japan alps」という表現を用いたのが、
今日の<日本アルプス>の語源になりました。
その後、英国人宣教師ウォルター・ウェストンも槍ヶ岳に登り、その著書
『日本アルプスの登山と探検』で詳しく上高地周辺の山々を紹介しています。
大正4年6月に焼岳が大爆発を起こし、流れ出た土石流が梓川をせき止め、
そこにできた池は大正池と命名され上高地の風景のひとつに加わりました。
上高地ホテル(現在の上高地帝国ホテル)の建築にあたり、釜トンネルを
通り大正池まで資材を運び、そこから建築現場まではまだ道路が開通して
いなかったために、大正池を小船で運んでホテルを建てました。
昭和2年は上高地にとって重要な年でした。文豪芥川龍之介が3月に
彼の代表作の一つである小説『河童』発表、上高地と河童橋を登場させました。
7月には鉄道省(現在のJR)が後援し東京と大阪の新聞社が主催した
「日本八景」の渓谷の部に於いて、投票数では天竜峡に大差をつけられた
ものの、上高地が第一に推されました。この月に芥川龍之介は自殺し、
8月になると、昭和天皇の実弟秩父宮殿下が上高地から奥穂高岳に登り槍ヶ岳
への縦走が行われ、連日新聞の話題となりました。
今日の上高地は今にも雨が降りそうでしたが、歩くにつれて、
だんだん天気も回復し、ホッとしました。
だって一緒に連れてった人が上高地がはじめてで・・・。
きれいな上高地を見てもらいたかった。
大正池から河童橋までの約4`をのんびりウオ−キング。
梓川コ−スと林間コ−ス、梓川に沿って歩く。途中でお昼。
3時間の森林浴でした。帰りのバスの中はお休みタイム・・・楽しかった。
【国内旅行の最新記事】


